決して早いとは言えないペースながらも確実に、角張った字に埋められていく解答欄。
残りの空欄も、あと僅かだ。


カリカリ・・・カリッ

紙とシャーペンの芯の擦れ合う音が、微かに響いて――ふぅ、と息を吐き出すと、山本は投げ出すようにしてシャーペンを机の上に置いた。





 「センセ、終わったー」

 「おつかれさま」





にこりと微笑むその笑顔で、どんな疲れも吹っ飛んでいく。
それがとても嬉しくて、山本も負けないくらいの笑顔を返すのだった。























 愛とか恋とか恋愛とか






















山本のクラス担任、沢田綱吉は、この春並盛高校にやって来たばかりの新米教師である。
ぱっと見た感じでは、今年から3年間の高校生活を送ることとなった山本よりも幼く見えるくらいで、小さくて可愛い身長だとか、 本人は気にしているらしいけれど、癖がありながらも柔らかく優しい茶色の髪の毛は、山本のお気に入りだ。
何より好きなのは、ふんわりとした口当たりのシフォンケーキのような、彼の笑顔。
その笑顔に山本が引き付けられたのは、山本が並高に入学する前日、実家の竹寿司に綱吉が入店して来てからのことだ。





 「すみません、あの、まだ大丈夫ですか?」





おずおずと、ちゃんとした寿司屋に来たのは初めて、という雰囲気丸出しで暖簾を潜った綱吉を、山本の父、剛はいらっしゃい!どうぞォ! と威勢の良い声で迎え入れた。
丁度そのとき、山本は店の片付けを手伝わされていたところで、綱吉が人付き合いの良い父と会話をしながら、 寿司を摘んでいたのを横目で見ていたのだが、流し台からふと顔を上げた山本と、カウンター席に座っていた綱吉の目が合って。





 「君、背高いね。高校生?それとも大学生かな」





そのときに向けられた笑顔が、山本に綱吉への興味を抱かせた。
それからすぐ、父親譲りの人懐っこさで綱吉に話し掛けた山本は、綱吉が自分より5つ以上年上であることを知り、酷く驚いたのだが (てっきり年下か、或いは同い年くらいだろうと思っていたのだ)、山本がつい最近まで中学生だったことを聞いた綱吉も、 同じくらい信じられないというような顔をしていたので、どっちもどっちだろう。
最初こそ戸惑いつつ話していた綱吉も、店を後にする頃には山本の話に言葉を返してくれるようになっていて、 山本は彼のことをツナと呼び捨てにするくらい、綱吉と親しくなっていた。
うちに食べに来るくらいだから、きっとこの近くに住んでいるんだろう。
また会えるとは思っていたが、流石の山本も、まさか綱吉が自分の通う高校の教師で、更には自分のクラスの担任になるなんて、 思ってもみなかった。
綱吉がクラスでの挨拶で、教壇の上からぎこちなく生徒に笑顔を向け、黒板に自分の名前を書こうとして、チョークをぼきっと真っ二つに折ってしまい、 慌てふためいて教壇から落っこちた――という、最早伝説となりつつある入学式の日から、はや3ヶ月。
学校ではツナって呼ばないように、山本君。
入学式の日の夕方、2日続けて竹寿司に夕飯を食べに来た綱吉から言われたことだが、学校以外では山本は、相変わらず綱吉のことを ツナと呼んでいる。
何故かと言うと、それは単純に綱吉との繋がりを留めておきたかったからだ。
教師と生徒なんて言う関係じゃなくて、何か別の――そこから先、自分が何を考えているのか、山本は自分自身よく分からなかったのだが、 こうやって時々、大好きな野球をサボってまで、わざと補習を受けているのは、綱吉と一緒にいたいからに他ならない。










 「なあツナー」

 「山本、学校では先生って呼んでって」





山本が解き終えた課題プリントを採点しながら、綱吉は山本と話をする。
折角机をくっ付けて、お互いに向き合うような形にしているというのに、綱吉の目がちっとも自分に向けられていないことが 何だかとても悔しくなって、山本はぽつりと呟いた。





 「センセー、オレ分かんない問題があるんスけど」

 「ん?どこ?今のところ全部正解してるよ」

 「補習のことじゃねーって。ココロの問題なの。センセ、オレが聞いたら、答え教えてくれます?」

 「うーん・・・まあ、オレが答えられることだったら」

 「センセーについての問題だから、センセーじゃねーと分かんねーんだ」





にこりと笑う山本に、綱吉は漸くプリントに向かっていた視線を上げる。
綱吉の視線が自分へと向けられたのが嬉しくて、山本は更に笑みを深くしながら口を開いた。





 「センセ、オレが沢田綱吉さんのことが気になって気になって仕方ねーのは、何でだと思う? いつでもその人に視線が行くし、話してるとスゲー幸せになんだよ。これってさ、どういうことなんかな?」





カシャン、と綱吉の手から赤ペンが滑り落ちた。
綱吉の目が大きく見開かれ、真っ直ぐに山本を見つめる。





 「やま、もと・・・なに、言ってんの?」

 「だから、オレもよく分かんねーのな。オレはまだガキで、愛とか恋とかちゃんと説明出来るわけじゃない。好きって気持ちだけで全部 何とかなるもんじゃねーってことも分かってる。そういう気持ちセンセーに・・・ツナに押し付けるつもりもねーけど、でも、」





浮かべていた笑顔を引っ込めて、山本はすっと真剣な表情を作る。
それは、綱吉がいつも見てきた山本の顔とは違う。
綱吉はぴりぴりと伝わってくるその場の張り詰めた空気に、身動きすら出来ず、山本の顔を見ていた。





 「オレはツナと出来るだけ一緒にいたいって思う。先生とか生徒とか、そういうのじゃなくてさ、いつでもツナと話したいし 笑っていたい。ツナには、もっとオレのこと知って欲しいのな」

 「・・・・・」

 「なあツナ。オレ、ツナのこと、スゲー好きなんだと思う。きっと自分が思ってる以上に、オレ、ツナのことが好きなんだ。オレの頭の中、 信じらんねーくらいツナでいっぱいになってんだよ。だから、ツナ、」

 「・・・だ、ダメだよ!オレは年上だし、山本には可愛い彼女だってすぐ出来るだろうし・・・第一、オレも山本も男同士だよ? 今の話が誰かにバレたら、自分にとってどんなに不利なことになるか、考えてみてよ」

 「年下は嫌い?」

 「いやだから、そういう問題じゃなくってさ!」

 「じゃあツナ、オレから好きって言われて、どうだった?」

 「え、それは・・・山本の言葉は嬉しかった、けど、・・・」

 「じゃ、嫌なわけじゃねーんだ」





良かった、と笑う山本に、綱吉は目をぱしぱしと瞬いて、山本の言葉の意味を探ろうとする。
山本はそんな綱吉の表情を見て、綱吉の目を見つめたまま口を開いた。





 「だってそれって、オレのことが嫌いだから付き合えねーってことじゃないだろ?だったらまだ可能性はゼロじゃねーんだ。 野球だって、絶対勝ち目なんてねーような最終回でも、死ぬ気で振ったバットが勝ちに繋がることだってある。 ツナがオレのこと好きだって思ってくれるようになるまで、オレ諦めねーから」

 「・・・山本、」





綱吉の目が、今も真っ直ぐ自分へ向けられていることに、山本はほっと張り詰めていた緊張感を和らげた。
山本の気持ちを、綱吉は目を逸らすことなく受け止めてくれている、そう思ったから。
山本は机の上に転がされたままの赤ペンを手にとって、綱吉に差し出した。





 「センセ、オレの質問の答えは、とりあえず保留にしとくからさ。課題の答え合わせ、お願いします」

 「あ・・・そ、そうだね。ごめん、帰るの遅くなっちゃうね」

 「別に構わねーって。ツナと少しでも長くいられるし」





再び赤ペンを動かし始めた綱吉の手が、山本の言葉に動揺してびくっと震える。
途端、ビッと赤い直線がプリントに走り、綱吉はうわ、と声を上げた。





 「あーあ、オレ、そこの問題自信あったんスけど」

 「や、山本が恥ずかしいこと言うから・・・!」

 「沢田先生、そういうの生徒の所為にしちゃいけねーと思うんだけどなあ」

 「〜〜〜!!」





顔を赤ペンと同じ色に染めて、怒ったような表情のまま課題の添削を続ける綱吉の姿を、山本は声を押し殺して笑う。
なんでこんなに可愛いんだろう、この人は。
先生と生徒の関係だとか、男同士だとか、そういうもの全部飛び越えて好きだって思う。
今は無理だとしても、いつの日か、自分の気持ちにツナが答えてくれたら良いと、山本はそっとツナの髪へ手を伸ばした。





 「わ?!ちょ、何してんの山本!」

 「癖毛だから嫌だってツナ言ってたけど、ツナの髪、柔らかくて好きだぜ、オレ」

 「だ、だから!学校では先生って呼べって!」

 「えー、二人っきりなんだからいーだろ?ツナも武vって呼んでくれて良いのに」

 「・・・・・課題、もっと持って来てあげようか、山本君」

 「うわ!それって職権乱用って言うんだぜセンセー!!」





席を立とうとした綱吉を、慌てて止めようとする山本を見て、漸く綱吉もいつもと同じ優しい笑顔を山本へと向けた。
空は夏の夕焼けが迫っていて、ゆっくりと青空を赤へと染め上げていく。
そのうちに校内放送が最終下校を告げ始めるのを聞いて、綱吉は採点を終えたプリントを山本に返すと、自身も持って来ていた教科書やら筆記用具やらを 纏め始めた。





 「最終下校になったから、今日はここでお仕舞いね。お疲れ様、山本」

 「明日も補習あるんスか?」

 「どうかなあ?山本の明日の小テストの出来次第だと思うよ」

 「じゃ、明日もよろしくお願いします」

 「・・・山本、やれば出来るんだからさ、明日は補習パスします!とか言ってみない?」

 「センセーが、オレが補習パス出来たらデートしてくれるっつーんだったら、死ぬ気で勉強すんだけど」

 「!・・・ほ、ほら!最終下校だから、生徒は早く帰る!」

 「はーい。・・・あ、そうだ、センセ!」





鞄を持って教室を出る直前、山本がまだ教室内にいる綱吉へと顔だけ振り返って、声を掛ける。





 「何?」

 「今日!ウチに飯食いに来ます?」

 「うーん・・・そう、だね。行かせてもらおうかな」

 「じゃあ待ってっから!それじゃツナ、後でな!」





にかっと満面の笑みを浮かべて、山本は扉を開け放したまま、教室の外へと飛び出していった。
残された綱吉は、山本の出て行った教室の扉をぼうっと見ていたのだが、突然頭を抱えてその場にしゃがみ込む。





 「・・・・・学校では、ツナって呼ぶなって言ってるのに・・・!」





そうやって、この思いをどうにか制御させようとして来たのに、どうして彼はこれほどまでに自分の心を揺さぶるのか。
このまま彼を、単純に自分が受け持つ生徒の一人としてだけ見るということは、到底出来ない気がする。ああ、本当にどうしてくれるんだ!
綱吉は一人教室でうんうん唸りながら、きっと今しがた綱吉に向けたものと同じ笑顔で、竹寿司で待っているだろう山本のことを考えて、 顔を赤く赤く染めるのだった。









   END










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☆あとがき☆
 三度こんにちは、07. 「愛とか恋とか恋愛とか」でSSを書かせていただきました!東城時雨です。
 今回はツナ=新米高校教師と山本=ツナの受け持つクラスの生徒。高校生の設定で書いてみました。パラレル大好きです(笑)。
 とってもまとまりのない、無駄に長いSSですが、書いてる本人はとってもとっても楽しかったので、凄くテンション上げて書いてたんだろうなー ということが伝わったら良いかなあと思ってますー。
 このままツナが高校教師としての人生を歩むのか、それとも竹寿司に嫁ぐか、未来は皆さんのお好みでv
 合言葉はやまつなまつり万歳!参加させていただいてありがとうございますv東城時雨でした。


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いらないコメント>>

山ツナ祭り万歳!3度目の投稿ありがとうございます!
パラレル!大好きです、パラレル!しかも生徒と先生なんておいしすぎる設定!ぜひとも山本が卒業と同時に竹寿司に嫁いでくれるといいと思います。あ、でも教師続けて大学生になった山本をハラハラさせるというのもいいですねっ!
なんだかものすごく興奮してしまいましたが・・・(笑)ありがとうございました!! (野愛)


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日記でのツナ受け妄想が楽しいですv


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