雨が降っている。


 真夜中だった。日付は変わったばかり。
冷めたディナー。
ドアの開く音に振り返る。しない足音、厚いカーペット。
雨音だけが満ちる部屋の中に、扉の外枠を額に背の高いシルエットが浮かぶ。

「悪ィ、遅くなった」

悪びれず軽く片手を挙げた男の体から、湿った雨のにおいに紛れて赤い体液のにおいがした。

「メシの前には帰るって言ったのにな、ちょーっと手間どっちまった。いやー、アイツらアタマいーのな、細かい仕掛けあちこちに、・・・」

近づく靴の先から泥に混じって水滴が落ちて、染みを作って行く。
ソファの背に寄りかかって立つ格好で先程から押し黙ったままの綱吉に気づき、山本はふと眉を顰めた。
すぐ前に立つと、顔を見下ろす。バツが悪そうに後頭部を無造作に掻いた。
身長差のある彼の表情を伺おうと、腰を屈めて間近に探る。

「ツナ?・・・怒ってんの?」
「・・・おこってないよ」
「うそ。なんか怒ってんじゃん。・・・心配したか?もしかして」
「ちがう」
「じゃあなに」

ぎゅう、と水分を含んだスーツ越しに、長い腕が綱吉の身体に巻きつく。頭のてっぺんに顎を乗せ、甘えた仕草で体重をかけると、綱吉が少し身じろいだ。
出会った当初、細く頼りなかった体には、今は容赦のない家庭教師のおかげかそれなりにしなやかで無駄のない実用的な筋肉が薄く乗っていて、山本の腕に気持ちの良い弾力を僅かに返した。
ぴったりだ、綱吉を抱き込むたびにそう思う。
―――ツナは俺のからだにぴったりだ。
鼻先を髪に埋めてキスをひとつ落としながら、言えよ、と促すと、はっきりとした強い力が山本の胸を押し返した、意志を持って。
(あ)
離れる。
空気が動いて、埃と錆びた臭いが鼻先を掠めた。二人の間に出来た空間に、一瞬よぎるもどかしいような飢餓感。
山本の内心の焦りも知らず、距離を置いた綱吉の眼が真っ直ぐに見上げてくる。


「殺していいとは言ってない」


ああ、やっぱり、と思った。
今日、ディナーの約束をする前に綱吉が山本に命じた指令は、二度と立ち上がる気にならないぐらいの手痛いお仕置き、であって、実際に二度と立ち上がれなくしろ、ではない。
どんな相手だろうが、出来れば無駄な殺しは避けたい、というのが綱吉のやり方だった。
分かっていた。賛同もしている。

「…雨で手が滑った」
「むしろ山本のフィールドだろ、雨は。言い訳にならない」
「はは、無理があったか、今のはさすがに」
「山本。…どうして」

怒っているくせに悲しそうにする。そういう顔で見られるといつでも首筋の裏がちりちりして落ち着かなくなった。山本はひとつ溜息を吐く。見ていられずに視線を逸らした。
少しでも綱吉に拒否されるのは慣れていないし恐ろしい。

「誕生日祝いやろうって言ったろ」
だから待ってる、って。

あまりにもお粗末な相手だった。そのくせ器用に小細工だけは上手かった。
迫る時間。
大手を振ってボスを独占出来る日なのに――――焦りは苛立ちに。そして。

「ツナが俺のためにプレゼント用意して待っててくれる日だっつーのに、」
言葉の続きの代わりに肌のぶつかる音。
張られた頬を擦りもせず、山本は苦く笑った。
「…殺せば抗争になるよ。そんなに難しい相手じゃなかった、それなのに。小さいけど、ボスをやられて黙っていない位の忠誠心はある。あそこのファミリーの幹部は殆ど身内で構成されてるんだ。説明したよね」
「そうだな」
「向かってくれば潰さなきゃいけなくなる」
「ん」
全て分かっていてやったのだ。いまさら、と考えているのが表情から読み取れたのだろう。綱吉の眼の奥の温度がひやりと下がった。
山本の中の優先順位、それが厄介なものの正体だ。
頭の回転が早く、大胆で、柔軟。ファミリーの幹部という位置に居ながらも変なプライドの高さは無く、堅苦しい遣り取りを嫌う親しみやすい人柄と協調性で部下からも慕われている。
一緒に組織を構成するのには理想的な仲間といえる。
ただ一点を除いて。

「ごめんな、ツナ」
冷えた眼にもめげずに手を伸ばす。最終的にこの腕が拒否されたことはない。いつもその可能性はすぐ近くにありながら、それは選択されない、なにより綱吉自身の意志によって。
「・・・・・・・・・」
ほら、押し黙ったままの腕の中の身体は、今度は抱き返しもしないが押し返しもしない。
「誕生日祝いはなし」
「えー?怒ってないっつったのに」
「仕方ないことだったんだろうと思おうとしてたんだ。でも答え聞いたらそりゃ怒るよ。」
せめて口ではしかたなかったんだ、位のことは言えばいいのに。それすら山本はしない。

山本の中の優先順位のいちばんてっぺんに来るのは綱吉と自分、だ。綱吉だけでも自分だけでもなく、ふたつは等しく同じ価値を持つ。
二人の中に入ってくるものに対しては恐ろしく狭量で、迷わない分時に残酷。
山本は綱吉に優しい。優しいが、同じ位自分にも優しい。
綱吉の為にという理由で大抵のことは引き受けるが、同じ理由で自分の欲を殺しはしない。
たとえば独占欲。
綱吉の命令で汚れ仕事を片づける一方で、早く会いたかったという自分の感情であっさり命令違反を犯す。


怒っている、と言いつつもはやくも許しを内包して諦めに似たため息を吐く身体に自分の体温を移しながら、徐々に腕に力を籠めていく。
冷えた怒りさえ愛しい。この人間に恋をしていた。もう長く。長すぎて執着のような。
(あー・・・離したくねー・・・・・・)
とりわけ誰かを斬った後は綱吉の感触が恋しくなるのは何故なんだろう、と常々山本は思っていたが、いまだに答えは見つかっていない。


「じゃあせめてキスして」
「オレの言葉聞いてた?」
呆れた顔で睨まれても欲しい気持ちが酷くなるだけだ。
どうせキスは返って来る、分かっているから笑ってみせた。
Happy Birthday、はたぶん聞けない。けれど最初っからそれが目当てなわけじゃない。
ちっとも構わなかった。













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未来設定でしかも山本の誕生日という勝手なシチュエーションですみません...。
自分の中で山本は協調性に富んでいるけれども自分の我は通して欲しいものはがっちり掴んでいく、というイメージがあったのでこんな感じになってしまいました。
素敵な企画をありがとうございました!


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主催のいらないコメント>>

こちらこそ、投稿ありがとうございます!!
私は、山本はすごく独占欲が強くて、ツナが絡むと我を失くしてしまうような子だと思ってます。なので、思っていたとおりな山本でうはうはしてます(笑)
まるでエゴイストな山本と、そんな山本を簡単には押し返せないツナ。シリアスで大人な山ツナ、ありがとうございました!! (野愛)




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