幼い頃、何度も同じ夢を見た。

そこは真っ暗な闇の中で、目の前にあの大切な小さなともだちが立っていて。

俺が声をかけると、その子はさみしそうな瞳を向けてすぐにくるりと背を向ける。

何度呼びかけても振り向いてはもらえず、やがて逃げるように背を向けて歩き出す。

俺は必死で追いかけるのだけれど、全然追いつけなくて。

どんどんどんどんその距離は遠くなって、その子はどんどんどんどん見えなくなっていく。

大声で名前を呼んだのと同時に目が覚める。

頬を伝う涙。

そのとき初めて泣いていたのだと知った。



それからまた、あの頃と同じ夢を見た。

真っ暗な闇の中、目の前に小さなツナが立っていて、あの子と同じようにさみしそうな瞳を向けている。

呼ぶより早く、ツナはくるりと背を向けて歩き出す。何度も何度もツナの名前を呼ぶけれど、ツナは一度も振り向かない。

どんどんどんどんその距離は遠くなって、ツナはどんどんどんどん見えなくなっていく。

大声で名前を呼んだのと同時に目が覚める。





「・・っ、ツナ・・・!」





頬を涙が伝っていた。
















5 トモダチ















日曜日。空は久しぶりに晴れた。

昨日までの雨が嘘のように雲ひとつない青空の下、山本は"笹川"と書かれた表札の家のチャイムを押した。

しばらくして、ガチャリ、と鍵のあく音がして中から出てきたのは、

「・・・は、・・・・や、まも、と・・・」

そこでようやく我に返った。

「・・・ツナ・・・」

おかしな話かもしれないが、どうやら無意識だったらしい。無意識にツナの家まで来てチャイムを鳴らした。会ってどうするのか、それすら考えていなかった。

ツナは一瞬間を置いたあと、すぐに扉を閉めようとした。慌てて山本がそれを阻止する。これも野球で鍛えた賜物か。

「待って、ツナ」

「な、なにしに来たんだよ!」

山本の扉を押さえる力が強くて、いくらドアノブを引いても閉まらない。

「見舞いに来た」

「お、お見舞いなんていーよ!もう治ったから!」

「・・そっか。よかった・・・」

「・・・だ、だからもういーだろ!」

山本が、ぐいっ、と一際大きな力で扉を開けた。その反動で、ツナがドアノブを握ったまま一歩外に出る。目の前には大きな山本。

「・・・あ・・・」

「・・・・ツナ、」

思わず一歩後ずさって、そのあと勢いよく二階へ駆け上がった。

「ツナ・・っ!」

これを逃したらもうツナとは喋れないかもしれない。そう思って山本は、おじゃまします、と言ったあとツナのあとを追った。





一応軽くノックをしたあと、ツナの逃げた部屋の扉を開ける。

「ツナ・・・」

ツナはベッドの上、布団の中。頭から布団を被って、山本に背を向けて座っていた。

「あ、のさ、・・ツナ・・、」

「な、なにしに来たの!?」

「ごめん、ツナ・・」

「・・な、なにしに来たか知らないけど、・・め、迷惑なんだよね!こーゆーの!」

「ツナ・・・」

それから少しだけ沈黙が流れた。

「・・・ごめん。すぐ帰るから、ちょっとだけ話させてくんね?」

ツナはそれに対してなにも答えなかったが、気にせずに山本は話し始めた。



「・・・あのさ、ツナ、・・・ツナはさ、俺のこと、もう友達だと思ってない?」

「・・・・・・・・」

「・・・俺はツナのこと、友達だと思ってるよ。・・大事な親友だって」

「嘘だ。」

「嘘じゃねーって。・・ツナが休んでる間、すっげーつまんなかった。誰かと話してても楽しくねーし、休み時間も昼休みもずっと一人で、補習なんて嫌で嫌でたまんなかった」

「・・一人って、・・・山本にはたくさん友達いるじゃん」

「・・・それがさ、実際ホントに仲良かったの、ツナしかいなかったんだよな。ちゃんと友達って言えるの、ツナしかいなかった・・・」

半分苦笑しながらそう言った。

だって本当に、ツナしかいなかった。野球部のエースとかクラスの人気者とか、そんな創り上げられた自分じゃなく、本当の山本武という人間を見てくれるのは、ツナだけだった。

「・・だから、さ、・・・俺、ツナと一緒にいられてすっげー楽しかったんだぜ?・・あんなに学校が楽しいって思ったの、初めてだった」

まるで野球だけしかなかった世界に、ツナが色をくれた。とてもカラフルで、キレイな色。

「なのに、・・・ごめん。あのとき・・・」

「・・・・・・・・」

「あいつら、ツナのことそーゆー風にしか見てないから腹立って・・・。話すのも嫌になってきたから、なにも、・・否定もしなかった」

「・・・・・・・・」

「だから、・・・ごめんな?」

それだけはどうしても伝えておきたかった。





「・・・ツナがさ、もう嫌だって思うんなら、・・・俺、ツナの友達やめるから・・・」





本当はやめたくなかったけれど。

ずっとずっと友達でいたかったけれど。

もしそれが、ツナの望むことであれば。

悪い、笹川。俺、ツナの友達でいてあげられそうにねーや。

「・・・それだけ、言いたかっただけだから・・・」

一言も発しないツナのうしろ姿にそう告げて、山本は部屋の扉のドアノブに手をかけた。











山本の本音。
2007.04.22
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