3 ケンカ



そう山本が決心した次の日、ツナは来なかった。まだ熱が続いているらしい。そう担任は言った。

明日には来るだろうと思っていた。

けれど、次の日もその次の日も、ツナは来なかった。どうやら思いのほか風邪の症状がひどいらしい。そう担任は言った。

でも山本は、山本だけはそうは思わなかった。



きっと俺に会いたくないんだ。



ツナは。



そう思った。













教室の窓を雨が伝う。ここ数日雨ばかりでうっとうしい。

大好きな野球が出来ればこのもやもやした想いもスカッと晴れるだろうに、こう雨ばかり続くとそれさえ出来なくなる。ならばと、バッティングセンターで何度も速い球を打ち返したけれど、この気持ちは治まることがなかった。

どこで間違えた?俺は。

ツナがいなきゃ学校なんか楽しくねぇよ。ただ同じことの繰り返しで、楽しいことなんてなにもない。







ツナ、もう俺、どうしたらいいかわかんねぇよ・・・。







「・・・・・つな・・・・・」

掠れた声でそう呼んで、ツナの机を一つ撫でた。





その日学校から帰って来るとすぐに、居間にあった電話の子機を部屋に持ってきて、山本はそれをじっと睨んだ。

部屋の中は、カーテンを閉めている上に雨が降っているせいかいつもより薄暗い。

「山本の部屋らしいね」とツナが笑ったこの部屋の主は、ずっと何度もボタンを押そうとしては躊躇って溜め息をついていた。

それから数分、覚悟を決めたのか大きく一つ深呼吸をして、その人の自宅の電話番号を押す。受話器を耳に当てると、呼び出しコールがやけに大きく響いた。

5回目のコールで出たのは、

『はい、笹川です』

かわいらしい声をしたツナの双子の姉だった。

「・・・もしもし、・・笹川・・・?」

言ったあとで、名前を名乗るのを忘れてしまったと思った。

『あ、山本くん』

「・・あ、のさ、・・・ツナ、・・いる?」

『うん、ちょっと待っててね』

そう言ったあとすぐに穏やかな保留音が流れた。

いざ電話をしてみたものの、ちょっとこれからどうしようと思う。言いたい言葉はいっぱいあるけれど、それを全部伝えることが出来るだろうか。やっぱり直接お見舞いに行って伝えた方がよかっただろうか。

ぐるぐる、そんなことを考えている間に、その穏やかな保留音は止まった。

『もしもし?』

出てきたのはさっきと同じ声の彼女。

「あ、あぁ・・」

『ごめんね。あの・・ツナくん、寝てたみたいで・・・』

申し訳なさそうに言った彼女の言葉が、嘘かもしれないと直感的にそう思った。彼女もまた、弟と同じで嘘をつくのがヘタだから。

「・・・そ、か」

彼女のその嘘が、心臓を鷲掴みされたみたいに痛かった。いっそのこと、「喋りたくないって言ってた」と、そう真実を告げてくれた方が幾分はマシだったかもしれない。

『あ、急ぎの用事?伝言があるなら伝えようか?』

「あ、いや・・・」

『・・そっか』

彼女も山本の空気を察知したのかもしれない。少しの間沈黙が流れた。

「・・・・あ、」

『あの・・っ、ツナくん・・っ』

そろそろ電話を切ろうかと声を発したところで、京子が少しだけ慌てたように口を開いた。

「・・ん?」

『あの、ツナくんね、山本くんと仲良くなってから変わったんだよ』

もしかしてこれは励まされていたりするのだろうか。ツナが学校を休んでいた数日、ずっと浮かないような顔をしていたから。

『変な言い方かもしれないけど、・・ツナくん、ずっとホントの笑顔っていうか、そんな笑顔したことなかったから・・・』

「ホントの、笑顔・・・?」



『心の底から楽しいみたいな、そんな笑顔』



「・・・・・・・」

『笑ってることが多くなったし、明るくなったっていうか、・・・山本くんの話をよくするようになったの』

「俺の・・・?」

『そう。山本くんとなにをやったとかどこへ行ったとか、そんな話。ツナくんがそんな話、自分からするようになったの初めてなんだよ。友達の話をするの』

それはとてもうれしそうな声だった。

『あ、でも初めてじゃないかな・・・。昔一度だけあったけど、でもそれ以来!』

まるで自分のことのように、彼女はうれしそうに話した。

『あたしが言うのも変かもしれないけど、・・・ありがとう』

「・・・・・・・・」

『ツナくんの友達になってくれて』

「いや・・・」

『・・・ツナくんね、山本くんと友達になれてちょっとびっくりしてるだけなの。ツナくん、山本くんのことずっと憧れてたみたいだから』

「え・・・?」

『山本くんみたいになりたいって言ってたから・・・。あ、このことはツナくんには内緒ね!』

それから京子は一呼吸置いた。

『・・・だから、ね、信じてあげて?・・ゆっくり、待ってあげて欲しいの・・・』

「・・・・・・・・」






『・・・ツナくんは、山本くんのこと嫌いになったわけじゃないから・・・』









プツリ、と電話を切った。

「・・・・・・・・」

ただツナは、どうしたらいいかわからなかっただけなんだ。

友達がどういうものかもわからずに、俺と親友になってしまったから。

裏切られるのが恐くて不安で、いつか俺に裏切られるんじゃないかと。

どうしたらいいかわからずに、でもずっと笑って。

どうしてそのことに気づいてあげられなかったんだろう。自分のことばっかりで。

俺といてもツナはずっとひとりぼっちだった・・・?

「・・・・っ」

雨の音だけが大きく響く部屋の中で、山本は声を押し殺して泣いた。











京子ちゃんの言葉で救われた山本の話。
2007.04.17
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