あまりにも空がいい顔をして笑っていたので、この部屋の主は堪らず、大きな窓を開けた。

開けた瞬間、心地良い風が頬を撫でる。

今日も一日、みんなケガもなく平和に過ごせますように。

パンパン、と手を叩いて顔の前で合わせると目を閉じた。







あの日の君へ






穏やかな風が、今度はその紅茶色の髪の毛を揺らしたのと同時に、ノックが二回聞こえてきた。

「・・山本・・?」

そう言い振り向くと、端正な顔立ちをした黒髪の青年が部屋の扉を開ける。

「すげ。さすがボス」

にこりと笑うその顔は、あの頃と変わらない優しい笑顔。

「その呼び方やめてよね」

ボスなんて呼び名とは相応しくない雰囲気を持った、まだ少年のようにも見えるその青年は口を尖らせた。

「でも小僧はそう呼べって言ってたぜ?ボスか10代目って」

「そんなのリボーンが勝手に言ってるだけだよ」

「他の奴らもそう呼んでるし」

「・・山本と他の人たちは違うでしょ?」

くるりとまた窓の外へ視線を移したその顔が、少しだけ赤く染まっていたのを山本は見逃さなかった。

ふ、と笑って、もう履き馴れてしまった黒い革靴を鳴らしながら、窓際に立つそのボスに近づく。

ひとまわり小さなボスのうしろに立つと、さっき開けたばかりの窓を閉めた。

「あ゛!」

「誰かに狙われてたらどーすんだよ。ツナはボスなんだから」

「・・山本が守ってくれるんじゃないの?」

ツナがうしろに頭を倒すと、見下ろした山本と目が合う。

「そりゃ守ってやるけどさぁ、」

言いかけて、扉が勢いよく開いた。



「助けて下さい!ボンゴレ!」

「このアホ牛!不法侵入罪で果たすぞ!」



「ランボ!?と獄寺くん!?」

今にも泣き出しそうな顔をしたランボのあとに、ダイナマイトを両手に持った獄寺が続いて入って来た。

「!?野球バカ!またてめぇ10代目と・・!」

獄寺の怒りの矛先が、ツナの横に立つ山本に移った。それと一緒に、ランボが安堵のため息を吐いたのは言うまでもない。

「だって俺、ツナの右腕だし」

笑顔で返す山本に、獄寺が青筋を立てる。

「・・てめぇ・・果たす・・!」

「まー落ち着けって。とりあえずおまえら、ツナ怒らしてっから」

笑顔の山本の横で、わなわなと震えるツナを見て、獄寺とランボの表情が途端に変わる。

「も、申し訳ございません!10代目!」

「す、すみません!」

しかし今更謝ってももう遅い。

「ノックしてから入りましょうって、学校で習わなかった・・?」

「「すみません!!」」

「しかもここ、誰の部屋かわかってる・・?」

「「ボスの部屋です・・」」



「獄寺くんもランボも、今日から一週間この部屋出入り禁止!」



「「!!?」」

二人の、声にならない声がハモった。









「ツナ、強くなったな」

再び二人きりになった部屋で、山本が唐突にそう言った。

「なにが?」

「なんつーか、さっきの、ボスってより母親みてぇだった」

「なっ!?」

「誉め言葉だって」

笑い声が響くボスの部屋。外も静かで、こんなに穏やかな日は久しぶりだ。

「なーツナ、おもしれーこと思いついたんだけど」

また唐突に山本はそう言う。

「おもしろいこと?」



「手紙書かね?」



「手紙?誰に?」

「俺ツナに書くから、ツナは俺に書いて」

「なにその恥ずかしい遊び!」

途端にツナの顔が赤くなった。

「ちげーって。今の俺じゃなくて昔の俺な」

「昔?」

「そ。14の頃の」

14だから中2だっけか?と笑顔で返す。

「な?おもしろそうじゃね?」











「ねー、なに書けばいいの?」

揃いの便箋をテーブルの上に広げ、ツナは万年筆を片手にそう聞いた。

「なんでもいーよ」

「山本はなに書いてんの?」

すらすらと筆を滑らせる山本の手元を覗き込むと、それは山本の大きな手で隠されてしまった。

「今のツナは見ちゃダメなのな」

「えー」

「なんでもいいって、な?」

「うー・・」

それが一番困るよ、と心の中で思いながら、ツナはまだ真っ白な便箋を睨んだ。

「ひとことだけでもいい?」

「おー」

「イタリア語じゃダメだよね?」

「イタリア語なんか習ってねーだろ。つか、俺ら補習組だったの忘れたか?」

「そっか」

ようやく綴った手紙を封筒に入れ、軽く糊で留めたところで、ふと気になったことを聞いた。

「ねぇ、これどうやって渡すの?」

「あぁ・・あいつ、使えばいいんじゃね?」

「あいつ・・・?」





「あ、あのー・・俺、一週間ここに来ちゃいけなかったんじゃ・・・」

恐る恐るそう聞いてきたのは、つい先ほどこの部屋に一週間出入り禁止を命じられたランボ。

「いや、えと、・・そう、なんだけど・・・」

ああ言った手前、呼ぶのはひどく恥ずかしかったが、山本の"遊び"にはランボが必要なのだから仕方がなかった。

「おまえに頼みがあんだよ」

「たの、み・・?」

にこり、と、誰にでも向けるその笑顔がランボは少しだけ苦手だった。自分たちに向けるその笑顔とあの人に向ける笑顔は、どこか違って見えてどうしても好きになれない。

「あのさ、これ、10年前の俺たちに届けてくんね?」

笑顔で差し出したのは二通の手紙。

「・・なんですか?これ」

「まー、細かいことは気にすんなって。遊びだ遊び」

「ごめんね。10年前にはランボしか行けないから」

山本の隣で申し訳なさそうに頼むツナを見て、ランボは断ることが出来なかった。

「・・別に、いいですけど・・・、でも、10年前の俺がバズーカ撃たないと届けられませんよ?」

「それでも別にいいよね?山本」

「おー」

山本がそう返したのとほぼ同時に、突然白い煙が舞い上がった。

「お、言ったそばから」

「大丈夫かなぁ?ランボ・・」

ボンッ、と大きな音を立てて小さなランボが現れた。

「おまえ空気読めてんなー」

笑って頭を撫でてやれば、小さなランボは、あまりその意味はわかっていないだろうに、得意げに小さな鼻を高くした。









ボンッ、と大きな音を立てて大きなランボが現れたのはその10年前。

「わっ!?ランボ!」

「相変わらずすげー手品なー」

対照的なリアクションを取った二人がいた場所も、やっぱりボスの部屋で。

「・・あ、お二人ともご一緒で・・・ちょうどよかった」

「「?」」

不思議そうに顔を見合わせるツナと山本の前に、さっき渡された白い二通の手紙を渡す。

「なにこれ・・?」

「10年後からのプレゼントです」

「10年後から?」

その封筒の中には白い便箋。そこには至極見知った字の、

「こういうことをするのはあまり良くないんですが、ボスの命令ですので」

それに、今日はバレンタインですしね。と続けたランボの言葉が届いていたのか。

手紙を開いたツナは顔を赤くし、山本はうれしそうに笑った。







あの日の君へ。







10年後のラブレターはそう始まっていた。







あっれ?おかしいな・・・
なんかよくわからん話になっててすみません。
2006.02.14


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