「はぁー・・、なんであんなこと言っちゃったんだろ・・・」

ひとつ大きな溜め息をついて、ツナは雨が降る空を見上げた。







花と水と夕焼け






一年前けっこんした愛する夫は、とてもとてもかっこよくて人気があってモテるひとでした。

彼のいる部署に配属されて、なかなかそこに馴染めなかった俺をいつも気にかけてくれた彼。

とてもとてもかっこいいのに、とてもとても女性社員に人気があるのに、なぜか俺なんかと付き合ってくれた彼。

「けっこんしよう」と言ってくれたときは、すごくすごくおどろいた。どうして俺と?なんておもった。

「俺はツナと死ぬまでずっと一緒にいたいのな」なんて、こっちが恥ずかしくなるようなこともたくさん言ってくれた。

「なにもしてあげられないよ?」って言ったら、「なにもしなくていい。そばにいてくれるだけでいい」と言ってくれた。

それから指輪もくれて、親にあいさつをしに行って、こんいんとどけを出して、けっこんしきをして、彼と同じ苗字になった。

なにも不満なんかなかった。





なにも。





なのに。





「・・・たけし、最近帰ってくるの遅いね。忙しいの?」

「あぁ、新しいプロジェクト任されちってさー」

「・・・そっか。すごいじゃん」



ことぶきたいしゃをした俺は、もうあの会社の人間じゃないから、彼が会社でどういう人と仕事をしてどういう人とつきあっているのかを知らない。

聞けば教えてくれるけれど、一年経てば周りの環境はだいぶ変わる。だから聞いてもよくわからなかった。

彼はとても人気があるから、毎回飲み会に誘われる。

彼はとても優しいから、滅多なことがないかぎり断らない。

彼はとてもモテるから、いつも告白されて帰ってくる。

別に疑ってるわけじゃないけれど、ふあんなんだ。俺はずっとここで彼を待ってることしかできないから。







ある日、彼がおんなのひとの車で一緒に帰ってくるところを見てしまいました。

「誰?」なんて聞けない。嫉妬なんてかっこわるい。束縛するなんてできない。





だから。





「・・・今日も飲み会?」

「いや、打ち合わせみたいなもん」

「・・・ふーん」





そこで「おつかれさま」って言えればよかった。





「・・・香水の、においがする・・・」

きっとさっきのおんなのひとのだ。

「うっそ!マジ!?」

「・・・まだ、終電残ってるよね・・?」

「うん?」

「・・・電車より、あのひとの車の方がよかった・・?」

「ツナ?」

「・・・俺見ちゃった。あのひと、誰?」

「あのひとって、・・・上司だよ」

「・・・俺、あんなひと、知らない」

「だってツナが辞めたあと入ってきたひとだし」

俺のしらない世界。俺にははいれない世界。

「・・・たけしはああいうひとが好きだったんだね」

いろっぽくてスタイルがよくて大人な感じの、まさに俺とは正反対のひと。

「なに言ってんだよ、俺は、」











「俺、この香水のにおい、だいっきらい!」











ちゃぷん、と水たまりに足を突っ込むと雨が跳ねた。

「あぁ・・俺のバカ・・・」

わかってるんだ、たけしは浮気なんかしないって。信じてる。

ホントはあの香水の匂いも好きなんだ。あんな匂いが似合うひとになりたいなって。





なのにどうして。





今日の朝はたけしと顔を合わせたくなかったから、寝たふりをした。たけしは俺を起こすこともなく、いつもどおり支度をして家を出た。

いつものように、「いってきます、ツナ」って、俺の頭を撫でて。

たけしが出て行ったあと、キッチンへ行ったら朝ごはんがあった。それと置手紙がひとつ。





『ツナ、ごめんな』って。





たけしはなにも悪くないのに。悪いのは俺の方なのに。あやまらなきゃいけないのは、俺の方なのに。

「・・・かわいくないよな、ほんと・・・」

かわいくない。素直じゃない。自分でも、そう思う。

ツナは改札口に着くと、さしていた傘を閉じて大きな柱にもたれた。そうして溜め息をまたひとつ。

それと同時に、ツナの横をおんなのこが通り過ぎた。ちらり、それを視界に入れると、そのおんなのこは彼氏を迎えに来ていたようで。

彼女を見てうれしそうに笑う彼。彼を見て幸せそうな笑顔をした彼女。

あんなに素直になれたら、あんなことを言ってたけしを困らせることもなかったかもしれない。

「・・・ちゃんとあやまんなきゃ」

こんな俺を好きになってくれたひと。こんな俺とずっと一緒にいたいって言ってくれたひと。

やさしくてかっこよくて人気があって、俺にはもったいないくらいのひと。





だから。





ごめんって。





ちゃんと。





「ツナ・・・?」

顔を上げたら、そこにたけしが立っていた。

「あ・・」

「・・もしかして、迎えに来てくれたり・・?」

「・・べ、つに・・、」

ホントはケンカをしたから会いたくないけど、見つけちゃったんだよ、たけしの青い大きな傘を。

雨が降ってるからきっと濡れて帰ってくるかもしれない。風邪を引いちゃうかもしれない。そう思ったら、放っておけなかったんだ。

「た、・・たまたま外に出る用事があってとおりかかったからっ!」

あぁ・・また俺は・・・。

「ん、そっか」

ありがとな、と撫でてくれた手が優しくて、思わず涙が出そうになった。昨日俺はたけしを傷つけたのに。どうしてそんな。

「あ、雨上がっちまったなー。せっかくツナが迎えに来てくれたのに」

「だから、俺は・・っ」

「そうな、たまたまとおりかかっただけな」

どうしてそんなに優しくするの?昨日なんであんなこと言ったんだよって、責めてくれてもいいのに。

「久しぶりにツナと相合傘出来ると思ったんだけどなー」

「なっ!?」

「帰るか、ツナ」

笑顔で、なんでもないように手を繋ぐ。昨日あったことなんか嘘みたいに。







さっきまでの雨が嘘のように空は晴れて、夕焼けに虹なんか出来始めた。

たけしはというとずっと黙ったままで、俺もなにもしゃべらない。手を繋いで沈黙のまま帰り道を歩く。

あやまらなきゃ。

あやまらなきゃ。

素直にならなきゃ、いい加減たけしにも愛想尽かされそうだ。

軽く深呼吸をしたら、ふわり、と甘い匂いがした。甘い、花の匂い。この匂い、なんだっけ?

「・・・ツナ」

花の匂いに気を取られていたら、たけしの方が先に口を開いた。

「まだ、怒ってる・・?」

「へ・・?」

「ごめん。ツナを不安にさせるようなことして」

「・・・・・・・・」

「もうあんなことしねーから。飲み会とか誘われても断るし、告白されても無視するし、ツナ以外の女の人とは喋んねーし見ねーから」

「そ、そんなことしたらたけしが・・っ、てか最後のは、物理的に無理じゃ・・・」

まるで子どもみたいなセリフを言った武に、ツナは思わず笑った。

「・・やっとツナ、笑った」

「え・・?」

「最近ずっと、・・俺が忙しくなってから、ツナ笑ったとこ見てねぇから」

だから俺のせいだなって思った、とたけしは苦笑する。





このひとはどうしてこんなにやさしいんだろう。





「・・・・ごめんなさい」

「ん?」

「俺、たけしのこと疑った。・・・いちばん信じなきゃいけないひとなのに、だいすきなひとなのに、疑った」

「ツナ・・・」

「・・ごめんなさい」

ごめんなさい、なんて言葉じゃ言い足りないくらい、きっと俺はたけしを傷つけた。

「・・・んじゃあ、ツナにお願いいっこ聞いてもらおうかなー」

「え・・?」

「ツナに似たすっげーかわいい子ども、ほしいんだけど」

「んな・・っ!?」

「つーわけで、今夜は寝かさねーぜ?」





夕陽に、雨上がりのにおいといっしょに香る、甘い甘い花の匂い。





「・・えろおやじっ!」

「かわいがってやっからさ」

「なっ!?・・へんたいっ!」





うまれた子どもには、この甘い匂いのする花とおなじ名前をつけようと思った。







ツンデレツナ(笑)
2007.07.02
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