知ってしまったんだ。

あの人とあいつの間に流れる、他とは違う空気を。







底無しの恋






あいつがあの人を"そういう対象"で見ていたことは知っていた。現に自分もあの人のことを"そういう対象"で見ていたから。

だから特に焦りなんてものは感じちゃいなかった。そりゃああいつは俺とは違って、あの人にやたらと触れたり馴れ馴れしくしたりしてたけど。

でもそれは、あの人があいつのことを"そういう対象"で見ていないことを知っていたから。

また一人ライバルが増えた、と。

それだけしか思ってなかった。





だけどある日。





「やまもと」





あの人の、あいつに対する気持ちが変わっていることに気づいた。

別に本人から聞いたわけじゃない。だけどわかるんだ。どこが、と言われても困るけど。態度というか雰囲気というか。

だって俺は、ずっとあの人のことを見ていたから。

あいつもあいつで、



「ツナ」



今までよりもっと甘い声で。







あぁ、俺は、完全に先を越されてしまった。







「ツナ」

あいつがあの人のことを呼ぶだけでイライラする。

「やまもと」

あの人があいつのことを呼ぶだけで胸がちりちりと痛くなる。

だけど気にするな。まだ二人は始まったばかりなんだ。俺が間に割ってはいる隙くらいあるはずだ。

油断していた。

そうか、あいつはそれだけで満足する男じゃない。

よくわかっていたはずなのに。



「お、はよ、ツナ」



「・・お、おはよう・・」



付き合いたての頃とはまったく違う、ぎこちない雰囲気。あの人から香るあいつの匂い。あいつのあの人に対する熱い視線。







もしかして・・・・、







「ごめん、獄寺くん。先に帰ってていいよ?」

10代目の補習という名の勉強にお付き合いしようと思っていたら、10代目はそうおっしゃった。

「いや、待ってます!」

そうだ、今日は帰るわけにはいかない。なぜならあいつも補習で残るんだから。

「でも、・・たぶんむちゃくちゃ時間かかっちゃうと思うしさ。遅くまで付き合ってもらうの悪いからさ」

10代目は本当にお優しい。ここでしつこくすると10代目もご気分を悪くすると思ったので、俺は言われたとおり先に帰ることにした。10代目に嫌われるのだけは嫌だから。

でも本当は一緒にいたかった。あいつと10代目を二人きりにはさせたくなかった。

一人で帰る帰り道、やっぱりどうしても気になって、俺は学校へ逆戻りすることにした。あいつの暴走を止められるのは、俺だけだ!



しん、と静まり返った廊下は、なんだかやけに胸の辺りをざわつかせる。"2年A組"と書かれたプレートが近づくたびに、俺の心臓は早鐘を打った。

ここまで来て引き返せない。ちょっと邪魔をしてやるだけ。あの人の顔を、声を聞くだけ。

教室のドアを開ける前に、そっと窓の外から中の様子を覗いた。







「!!?」







顔と顔が重なって、



そのあとあの人は、見たこともないような顔をして笑った。



「・・っ、」



俺のつけ入る隙なんか、もうないのか。

あの人はあいつのもので。

あいつはあの人のもので。

俺が間に入っていける隙は、もう、ない。





どうして。

俺の方が先にあの人のことを好きになったのに。

どうして。

俺の方があの人のことを好きなのに。









どうして、









「獄寺くん?どうしたの?」

「え・・、」

「最近、元気ないよ?」

10代目は今日もお優しい。

「そ、んなことないっすよ」

「そう?」

だけれど、俺の気持ちに気づかない10代目は残酷だ。

「じゃ、帰ろっか」

「・・あいつは・・、待たないんですか?」

「ああ・・、なんか試合近いみたいだから、帰るの遅くなるって」

また試合一緒に観に行こうね、なんて、俺にそんな笑顔を向けないで下さい。



「・・・あいつのどこがいいんっすか?」



「え?」

「山本の、どこに10代目が惚れるようなところがあるんですか?」

「なっ・・!?」

「俺の方があいつなんかより、ずっと10代目のことが好きです!」

「はっ!?、つ・・っ」

10代目の細い腕を引っ張って、そのまま窓に押し付けた。痛そうに顔を顰めたけど、今はそれを気遣う余裕なんかどこにもない。

「俺、知ってるんっすよ。10代目があいつと付き合ってること」

「な・・、」

「俺は10代目のことずっと見てたからわかるんです」

10代目の手首は細くて、そのまま力を入れてしまえばぽきりと折れてしまいそうだ。

「・・・こないだだって見ました」

「・・?」



「・・ここで、あいつと10代目がキスしてるとこ」



いっそのこと、この手首をぽきりと折ってしまおうか。そうしたら、俺に責任を取らせてくれますか?

「っ!?」

赤くなった頬。大きく見開かれた瞳。驚いた唇に、

「んぅっ!?」

この唇に、何度あいつは自分の唇を重ねた?

「やめ・・っ、ごく・・っぅ、んっ」

この身体に、何度あいつは触れた?

「、ごくで、ら・・く、・・やぁ・・っ、やめっ、」

どうして、

どうして、

「・・っ、どうして俺じゃダメなんですか!?」

どうしてそんなに哀しそうな瞳をして泣くんですか?

「ごく、でら・・っく・・っ、」

「・・っ、」

握っていた手首を放したら、さっき重ねたそこを手の甲で拭われた。

まるで汚いものに触れたみたいに。

悔しくて。悔しくて。

もう一度、







「獄寺、なにしてんの?」







振り向いた先に、野球部のユニフォームを着た、

「なにしてんの?獄寺」

同じセリフをもう一度、さっきより低い声で。

「ツナ、泣いてんじゃん」

ざわり、と胸が騒ぎ出す。そこでようやく、自分がしたことの大きさを知った。

「っ、ち、ちがうよ、山本っ!俺が、窓に頭ぶつけちゃって・・っ!」

「・・・見てたんだけど。グラウンドから」

ちらりと10代目を視界に入れて、そのあとすぐに俺に視線を戻す。冷たい視線が俺を刺す。

「やまもとっ、」

「ツナは黙ってて」

「・・っ、」

「獄寺、ツナになにした?」

「・・・・・・・・」

「・・獄寺は、そーゆーことする奴じゃねーって思ってたのに」

「・・・・・・・・」

まっすぐな瞳がこわくて。逃げ出したいと思った。

「獄寺、」

じり、と近づく。冷や汗が背筋を流れた。こいつこんな顔して敵と闘ってんのか、とどこか冷静な自分もいて。そう思った自分は、少しだけ敵に同情してしまった。

「やまもとっ、」

掠れるくらいに小さな10代目の声が、遠くの方で聞こえる。

近づくな。これ以上。

そんな瞳で、俺を見るな。



「っ、」



頭の中で警笛が鳴って、俺はその場から逃げ出した。

「獄寺・・っ、」

それ以上はなにも聞こえなくて、ただ夢中でこの空間から逃げた。

俺のいなくなった教室は、あいつと10代目の二人きり。

「・・・ツナ、」

「っ、やま、もと・・」

びくん、と跳ねた10代目は、俺が見ていたあいつの冷たい瞳を知ってしまったから。

「ごめん」

「・・ど、してやまもとが、あやまるの・・?」

「ごめん」

もう一度謝って、あいつは10代目を意図も簡単にふわりと抱きしめる。

「やまもと・・?」

「ごめん」

そのあと、意図も簡単に10代目の細い腕が背中に回される。

俺にはできない。俺じゃあ無理だ。



「・・・っ」



ああそうか。だから山本なのか。

俺にはできない。俺じゃあ無理だ。







俺は、山本にはなれない。







細い手首。折れてしまいそうな。

大きな瞳。壊れてしまいそうな。

小さな唇。苦く、やわらかい。



きっともう、前のようには戻れないかもしれない。

だけど、一つだけ願いが叶うのだとしたら、







10代目を好きでいさせて下さい。









もう少しだけ、あの人のそばに。







中学生っぽい焦った感じを出したかったんですが。
2007.08.18
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